DoDreamレッスン日誌:T.J.blog
「広瀬香美との出会い・その1」(T.J.)
2009年 09月 24日
広瀬香美と出会って、思えば早いもので20年が経過した。
ぼくは日本(東京)での生活がすごく嫌になり、
思い切って昔からの夢であったLAでの生活に踏み切ろうと、
黒いモズライトのギターを携えて引っ越した。
仕事のあてはなかったが、僅かな貯金を頼りに、暫く食いつなぎ、
その間に何とかなるだろうという、実に適当且つ安易な計画であった。
生活は困窮したが、とてもおおらかにギターを弾くということに没頭できたことは幸せだった。
今でもはっきり覚えているが、1989年8月15日(日本の敗戦記念日)だった。
報知新聞から依頼を受け、日本からLAに来ているHOTSOXと言うバンドの取材に
ハリウッドへ行った。
そのバンドメンバーと広瀬の友人が友人で、そんな友人つながりで彼女は来ていた。
LAで音楽を勉強しながら作品作りをしているとの事で、一度自作曲を聞いて欲しいを言われ、
後日聞かせてもらい、その斬新な旋律と編曲に驚愕した。
「これはすごい逸材と出会ったゾ」というのが正直な印象であった。
ぼくはLAに移住する前、日本でやっていたバンドのボーカルは
吉田美和(現・ドリームズカムトゥルー)であったので、
つい彼女との比較をしてしまったのだが、広瀬の作品力、歌唱力、演奏能力は、
美和とは比較にならないくらい飛びぬけていた。
いや、当時活躍しているどの日本人アーティストと比較しても、
そのポテンシャルはずば抜けていた。
ただ、あまりにも米国の聴衆を意識した内容は、日本向けにはずば抜け過ぎていた為、
少しイージーな楽曲に手直しする必要を感じ、ぼくは広瀬と二人で日本を意識した楽曲の制作に
とりかかった。
さあ、ここからが苦難の連続である。(つづく)
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