DoDreamレッスン日誌:T.J.blog
広瀬香美 春のスペシャルセミナー
2010年 04月 02日
3月27日(土)表参道パラシオタワー
予想を大幅に上回る申し込みが殺到し、殆んどの人をお断りする事になってしまい申し訳ない限りです。
パラシオタワー7階にあるビクターエンタテインメント大会議場に120名のゲストをお迎えしてセミナーは開催された。
紙笛を使って声帯の仕組みを説明し、喉だけで歌った場合と、お腹を使って歌った場合の違いを、本人が実際に歌唱して説明した。
いかにアマチュアの多くの方達が、間違った発声で声帯を酷使しているのか、わかりやすい説明に皆様納得されたご様子。
お腹を使った発声法を学び、広瀬作詞作曲の「愛ぽんの歌」を全員が歌唱。
後半では、質疑応答でそれぞれの方から、悩みや発声法を説明。
今回のセミナーで非常に特徴的だったのは、広瀬が自ら、かなり歌ってくれたことである。
ドゥ・ドリーム学内のレッスンでは殆んど本人が歌唱することはないが、今回は少しではあるが「ロマンスの神様」まで歌っていた。
東は山形や福島。西は京都、大阪からお越し戴き、本当にありがとうございます。
近々、東京以外でも開催できればと思います。
お越し下さった皆様。お疲れ様でした。
紙笛を使って声帯の説明をしている場面
みなさまそれぞれが紙笛を使って声帯の動きを実感している場面
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良い音程を保つには
2010年 03月 04日
先日ランチの折、講師の神谷尚から興味深い話を聞いた。先日久しぶりにTVで見た、ある懐かしい日本人有名歌手の話になり、
「あの人さぁ、音程が低くて聞いていて気持ち悪いよなぁ~あれってどうしてなのよ?歳のせい?でも、アメリカの歌手は歳とっても音程悪くないよなぁ~」
なんてぶつぶつ言ってたら、
「あれはアメリカ人って、そもそも言葉(米語)からして、顔の表情筋をしっかり吊り上げて話すので、元々表情筋が強いので、歌をうたう時も両方の頬をしっかり持ち上げる事ができるんですよ。だから、音程をバッチリ持ち上げやすいんですよね。広瀬さんもその訓練をしていて、音程をぴったり持ち上げることができてるんですよ。」
だそうな。
なるほどね。
ただうたってる時に、一所懸命手を上げても基本的な訓練をしっかりしていなくては、何の意味もないって事ですね。
関心しました。
詳しくは、神谷に直接お尋ね下さい。
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広瀬香美 スペシャルセミナー
2010年 02月 25日
今までは、広瀬香美のレッスンはドゥ・ドリームの優秀生のみに対して行われていましたが、今度初めて全ての生徒さんを対象にレッスンを開催することになった。画期的なのは、ドゥ・ドリームの生徒さんに限定しないで、生徒さん以外、全ての方々の参加も受け付ける事である。
こんなにも音楽業界が冷え切ってしまっている現状を打破するべく、世間に埋もれている逸材を発掘しなくては、我が国の音楽業界に希望が見えてこない。
勿論、広瀬やぼくが何かをしたからと言って、いきなり音楽業界が発展する訳でもないが、何もしなければ何もおこりはしない。
そういう意味において、少しづつではあるが、業界に何か貢献出来ることをやって行こうと動き出した。
多忙きわめる広瀬のスケジュールを強引にもぎ取ったかたちで開催される今回のスペシャルセミナー。今回を逃すと次回の開催予定、現段階ではありません。
それぞれがお持ちの疑問質問を、直接本人にぶつけるチャンスです。お見逃しなく。
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広瀬香美 大阪サンケイホールブリーゼ
2010年 02月 18日
2月13日と14日、香美別邸最終公演である。
大阪のお客さんはノリがいい。
満員のお客様ありがとうございます。
サンケイホールは新しくなり、ぼくは初めて訪れた。
もう30年近く前ではあるが、ぼくも自分のバンドで何度か出演したことがある。
その当時でも充分古く、ぼくのギターの大音響(当時ぼくのギターアンプはJBLの15インチスピーカー16発を、550Wの真空管パワーアンプ4台で鳴らしていた)に、6弦をはじく度、舞台の上からさんさんと白いほこりが落ちてきたもんだ。
その、ぼろぼろのサンケイホール(ゴメンナサイ)も32階建ての高層ビルディングに生まれ変わり、7階がとても美しいホールになっていた。
サンケイホールは大阪駅から徒歩10分くらいの好立地にあり、天気も良く、満員の観客を動員した。
関西方面ではラジオパーソナリティーでお馴染みの、増井孝子さんや、プロレスラーのアジアンクーガーも会場に訪れ、広瀬香美のステージに感動の様子。
妙な組み合わせに見えるが、アジアンクーガーは広瀬香美がデビュー前からのスポーツジム仲間である。
大阪のお客様は非常にノリが良く、元気溢れんばかりの声援が会場に響き、広瀬もそれに応える熱いステージを展開した。
14日最終日は、最後の曲「Dear」が終わっても会場内の照明は暗がりのまま、アンコールかと思いきや、二階上手バルコニーにいきなり広瀬が登場するハプニングに、観客はドッと湧いた。
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音程
2010年 01月 21日
深夜にテレビジョンを付けたら、たまたまアマチュアシンガーの
オーディション番組が映し出された。
音楽業界のプロデューサーらしき審査員の
札が上がれば合格と思われる番組だ。
デビューを目指しているらしき少女がうたうのだが、
音程って何だかわかってうたっているのかと、疑いたくなる。
声質、声量、音域、リズム感も勿論重要ではあるが、
音程は歌をうたう上で最も重要じゃないか!
審査員も審査員だ。音程の酷さを認識できないのだろうか?
耳が悪い?
なら耳鼻科に行け。(この場合耳鼻科は関係ないか?ン?)
この手の番組を見る度に思うのは、レコード会社が目先の利益に目がくらみ、
リスナーの耳を育てる事無く、安直なシンガーのCDを乱発してきた経緯が、
業界における現在の体たらくをもたらしたと思われる。
アマチュアの人たちが安易にデビューできると錯覚するのも無理はない。
世の中に充満している、とてもプロとは思えないへたなプロ達のうたを
聞かせられたのでは、村の歌自慢が
「これなら私の方が上手だからデビューできる!」
って思っても無理からぬ事。
相撲に例えるなら、幕下にも片手で負けるような高校相撲部の男の子を、
話題が取れるからと言うだけで、横綱にするようなもの。
(プロレスじゃあるまいし、勿論相撲界においてこんな事例はない)
こんな事をやってきたツケが、今の我が国における
レコード業界低迷の大きな要因になってきた。
そろそろ目を覚まさないと、レコード会社も
JALのようになってしまうと思う。
いつまで、日本発日本着の音楽をつくるつもりなんだろう?
優秀で努力している素晴らしい音楽家だって沢山いるのだから、
まずレコード会社の制作担当を、お馬鹿な音楽お宅に任せたりしないで、
ちゃんと音楽の素養を持った人達に換える事です。
今のままじゃ、ポール・ポッツのような人が
レコード会社の制作担当に出会っても、素通りして終わりですよ。
嘆かわしい・・・
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鍛錬
2010年 01月 12日
あのJALにとっても激動の新年がスタートした。はたして景気は良くなるのやら?
いきなりですが、時々「懐かしのあの人~」とか
「想い出のあの歌~」などと言うような番組を見ると、
久しぶりに往年のヒットを出した歌い手さんを見る。
中には、以前と変わらず、
「さすが上手だなぁ」と云う方もいれば、
「昔はあんなに上手だったのに・・・」
と、見ているこっちがヒヤヒヤするような人もいる。
歳をとったから下手になったのか?
否。
なんてことぁない。練習していないからである。
声帯筋も、腕や足の筋肉と同じで、
日々鍛錬していないと、その筋力を維持することは困難だ。
声帯筋の筋力が衰えると、当然の事ながら、
音程や声量、音域は衰える。
人間の筋肉は、80歳になっても鍛えることにより、
成長すると言われている。
現に80歳のボディービルダーが存在するし、
レイ・チャールズだって、最後まで素晴らしい歌声を聞かせてくれた。
勿論、若い頃より何倍もの努力が必要になるだろうが、
諦めたらそこでお疲れさんになってしまう。
くどいようだが、何でも努力なんですよね。
ぼくも頑張んなきゃです。
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LA生活
2010年 01月 06日
LAの朝は早いです。
ぼくは日が昇る前に起きて、シャワーをして、日が昇る前に
Del Amo Shopping Center の北側にあるデニーズに毎日行きます。
東京にいる時は軽い朝食で過ごしていますが、
何故かLAでは食欲旺盛で朝からがっちり食べてしまいます。
戦時中(第二次大戦)、日本人がまともに米も食べられない時期にも、
アメリカ人はこんなにも豊かな食事をしていたと聞き、毎朝食時に思うのは
「こんな物食ってたんじゃ、そりゃ日本は戦争に負けるわなぁ~」
である。
何処に行くにも、移動はすべて自動車だから、
運転中は他にすることもないので、仕方なくラジオを聴く。
夜間の運転時は、AM放送の連続ラジオドラマを聴くのが好きだが、
日中はもっぱらFM放送を流している。
ぼくが好きなのは94.7「The Wave」
Kenny G のサウンドがLAぽくって実に心地良い。
広瀬が好きなのは102.7「Kiss FM」
最新のポップスをON AIRしている。
どれを聞いてもみんな歌が上手い。
音程バッチリ!
当然である。
チューニングの狂った状態のギターでレコーディングする人はいない。
チューニングはまず基本。
その先に声域や声量、声質が付いてくる。
米国シンガーの歌を聴いていて、「あ~ピッチがぁ~(気持ち悪い~)」
と言う事がない。
でも、日本ではピッチの悪い(殆どが♭している)歌手の何と多い事か!
それでもプロとしてやって行ける土壌もまた凄いと思う。
耳が悪い(耳が肥えていないという意味)と自分の音程がよくわからない。
なので、自分ではバッチリ当てているつもりが、実は♭していたりする。
Roma was not built in a day(ローマは一日にして成らず)
皆さん努力しましょう。
努力は決して自分を裏切りません。
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【LAのインターナショナルチャンネル】
2009年 12月 29日
東京は借家住まい故なのかどうかわからないが、LAの自宅に帰ると本当に心からくつろげる。
心がのんびりできて、時間の感覚が止まってしまいそうで、
「時間ってこんなにもゆっくり動いていたのか!??」
ってしみじみ感じてしまう。(と、言うより東京が忙し過ぎる)
この土地柄から、広瀬香美の音楽が生まれ出た。
Ch12のテレビ番組を見ていると、インターナショナルな音楽番組に遭遇できる。
中東やインドのものはさすがに難解だが、東アジア、特に韓国の音楽には恐れ入る。
日本より歌い手の上手さが際立っており、その水準は相当なものだ。
むしろ、日本の水準があまりに低いと言うべきなのかも知れない。
(クラシカル音楽は高水準ですよ)
アメリカを越えて欲しいと願っても、国民性が違いすぎて、
叶わぬ願いであることは充分に理解できる。
しかし、東アジアの中では、努力すれば肩を並べる事は可能ではないだろうか。
一時的な視点で、ただ売れれば良いという物を作っているのでは、
本当に日本の音楽(ポップス)業界は崩壊してしまうのではないだろうか。
歌をうたう時、音程はmustです。努力すれば正しい音程を発声することはできます。
どうしても音程が少し♭(フラット)している歌手がいます。
「あれは、アジだからねぇ」
なんて馬鹿なことを平気で宣ふ愚かな制作担当に会ったりすると、
こんなのがいるから我が国の音楽業界はお先真っ暗なんだと情けなくなる。
アジというのは、正しい音程を取れるが、意図的にそのテクニックで少し♭気味に
うたう事をいうのであり、本人は正確にうたっているつもりだが、
どうしても♭してしまうのは、単に音痴なのである。
思わず
「そんな事も知らないで、よくもそんな鉄面皮なことが言えるな!」と言いたくなる。
努力している優秀な人達が、その実力を適切公平に評価してもらえるような音楽業界に、
一日でも早くなってもらいたいと願う限りです。
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LA
2009年 12月 25日
私事で恐縮です。
久しぶりにLAの自宅に帰りました。
庭は雑草が生え、家の中には蜘蛛の死骸(LAは日本に比べ蜘蛛が非常に多い)
がいたるところに散乱し、長期間の留守を物語っていた。
日中は比較的暖かいが、朝夕は砂漠特有の気候らしく、めっきり冷え込む。
今回のLA帰国便は散々だった。
Jで始まりLで終わる航空会社の62便は定刻通り成田を離陸したが、
1時間程飛んだところで機長から機内アナウンスがあり
「電気系統にトラブルを発見したので、今から成田に引き返します」
倒産寸前の航空会社は整備士の士気も低下し、
整備に気合が入らない訳でもないだろうに、やれやれです。
2時間ほどの夜間飛行の後、懐かしい成田に舞い戻り、
機材変更までの3時間を閑散としたラウンジで過ごすことに。
することもないので、シャワーをあびてさっぱり。
LAX到着は定刻の約5時間半遅れの午後3時半とアナウンスがあったので、
ラウンジ受付で、LAの出迎えの者にその趣旨伝えるよう依頼したが、
何を思ったのか、迎えの者に午後1時到着と伝えてしまい、
出迎えの者はLAX空港で3時間以上も無駄にぼくを待つ羽目になった。
どこまでも満足な業務ができない人達に、言いたくないが、一言言いたくなる。
「公的資金援助をしてもらいたいなら、企業年金は譲歩しなさい!
そして、年利4.5%なんて冗談はやめなさい!!」
チャーター便の欠航で恥をかかされた住友金属も、
バゲッジをなくされたムーア監督もさぞや呆れていますよ。
墜落しなかったのがせめてもの救いかな(笑い)
LAまでの約9時間、ぼくは映画をみたり、
ヘッドフォンをつけてギターを弾いたり、そしてご飯を食べて眠ったりと、
本当に自分だけの時間を過ごせるので、とても楽しい。
だから、飛行機に乗るのは大好きなのです。
さて、LAは一年でみんなが一番優しい気持ちになれる時期である
クリスマスが近づき、気分も盛り上がってきており、
ぼくのまわりの家々もイルミネーションがとても美しく、
やはりこの時期は日本よりLAだなぁと、ぼくの心も優しい気分です。
ここではクリスマスと言えば、Thanksgivingに次ぐ大きな祝日で、
プレゼントを持ち寄り、家族みんなでキリストの誕生を祝います。
どこぞの国の思い違いのドンちゃん騒ぎとは大違いなので、
実に本物のクリスマス気分を実感するのですよ。
音楽業界の不況はこちらも同じで、
あのタワーレコードがなくなっているのにはびっくりしました。
やはりLAでも、もはやCDは売れないのですねぇ・・・。
みんな、ダウンロードをするのです。
今日はこのへんで、つづきはまたにします。
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「広瀬香美との出会い・その6」(T.J.)
2009年 11月 16日
アメリカのギターリスト、Nokie Edwards が複雑な音階を非常に早いテンポで演奏していた。
ぼくはそのフレーズがとても気に入っていたが、あまりに複雑なので、
今一歩のところで完璧な耳コピーが出来ないでいた。
ところが、広瀬はいとも簡単にぼくが疑問に思っていたフレーズを
楽譜にしてくれてすごく助かったもんだった。
この話には後日談があり、その1年後、たまたまぼくがNokie と競演した際、
そのフレーズを一緒に弾いたら彼は笑いながら
「よくも私のミスタッチまでコピーしたな!」って驚いていた。
広瀬は微妙なNokie のミスタッチまで音を拾っていたのだ!
彼女はぼくが尊敬するChet Atkins の複雑な和音やギャロッピングも、
すべて耳コピーをして楽譜にしてくれたので、非常に便利な存在であった。
アレンジばかりか、そんな事も含め、彼女との音楽制作はぼくにとっても、
非常に有意義であり、ぼく自身の音楽能力を著しく向上させてくれた。
さて、そんな生活が1年くらい続き、かなり作品も整ったので、
いよいよ彼女を日本の音楽業界に連れて行く時期が訪れる。
当然、LAにおいても、某米国のレコード会社や、JVC USA 等と下話をしてあり、
彼女を華々しく登場させる作戦を考えていたのだ。
ぼくは、自信に満ち溢れていた。
彼女のデビューを日本のレコード会社にお願いするなんて気持ちは
さらさらなく、むしろ、「この逸材を日本の音楽業界、レコード会社に紹介し、
チャンスを提供してあげるから、有り難く思いなさい」
それくらいの意気込みであった。
加えて、実際彼女はぼくがそう思うに到るだけの能力は
充分過ぎるくらい持っていたのである。
ぼくはわくわくしていた。
多分、堕落の一途を辿る日本の音楽業界に、
旋風を巻き起こしてやるくらいの事を考えていたと思う。
ところがである。
往々にしていつの時代も物事とは、なかなか自分の思い描くようには
行かないもので、想像もしていなかった問題が
東京でぼくたちを待ち受けていようとは、知るよしもなかった。
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